発達基礎(睡眠・泣き・食)プロジェクト
このプロジェクトについて
私たちの眠る、泣く、食べる、といった活動は、いずれも発達の最初期から生じる活動で、例えば、新生児期には一日のうちに睡眠や泣きの占める割合が非常に大きいことが知られています。生後、徐々に睡眠・泣きの時間が短くなり、さまざまな運動・認知機能が獲得されていく過程において、その背後にはどのような脳・神経系の発達があり、身体内部(腸内細菌)との相互作用があるのでしょうか。CEDEP発達基礎研究領域では、こうした点を解き明かすために、主に乳幼児を対象とした身体や脳に関する行動・生理データの計測や、計算機モデルなどの手法を用いた検討を進めています。
睡眠の発達
私たち成人の睡眠の場合、レム睡眠・ノンレム睡眠という2つの睡眠状態に分けられることがよく知られています。しかし、乳児の睡眠がいつから私たちと同じような睡眠の質的パターンを示すのか、という点は実はまだ十分には明らかになっていません。しかし、従来から乳児の睡眠評価に用いられてきた、就寝・起床時間などの行動指標だけでは、乳児の睡眠の質的な発達を評価することはできません。
そこで私たちは、この時期の「眠り」の型の量的・質的な変化を解き明かすため、新生児期から3ヶ月児における睡眠中の脳機能ネットワークの成熟について、脳波や近赤外線分光法(NIRS)による脳活動および脳機能ネットワークの評価や、末梢生理活動の評価、体動(驚愕運動、痙攣など)の観察などの多角的な評価を進めています(※玉川大学・佐治量哉准教授、東京都立大学・儀間裕貴准教授との共同研究)。
主な研究成果
- 新屋裕太・儀間裕貴・渡辺はま・多賀厳太郎. (2022). 乳児期早期における睡眠中の体動に伴う心拍変動. 日本赤ちゃん学会第22回学術集会 (7月1−3日, 自治医科大学, 栃木)
- 発達保育実践政策学センター (監修) 秋田喜代美・遠藤利彦 (編著),「発達保育実践政策学のフロントランナー, 第3巻『乳幼児の発達科学』, 佐治量哉「3章 6・7ヶ月児の入眠時の自律神経活動:午睡時の寝かしつけに伴う交感神経・副交感神経活動」, 中央法規出版, 2021.
- 秋田喜代美 (監修), 遠藤利彦・渡辺はま・多賀厳太郎 (編著)「乳幼児の発達と保育―食べる・眠る・遊ぶ・繋がる」「第2章 眠る」, 朝倉書店, 2019.
- 有竹清夏. (2018). 乳幼児の睡眠と発達. 心理学評論, 60(3), 216-229.
泣きの発達
泣きは睡眠と同様、養育者・保育者にとっては日常的な光景であり、乳児の典型的な行動の一つです。しかし、1)乳児が泣いている際に運動生理学的に何が起きているか、2)乳児の泣きがその後の音声産出(言語や音楽性の獲得など)とどのように関係しているのか、といった点は、まだほとんど理解されていないのが現状です。
私たちは、乳児が泣く際にどのような発声・四肢運動が生じ、それらが生理システム(自律神経活動など)とどのような関係にあるのかを検討しています。また、発達初期の泣き声を音響解析し、深層学習(AI)などの手法を用いて、母語の音響特徴が表れる時期の推定や、のちの言語・音楽性の発達とどのように関係するかについて調べています(※東京女子大学・上野泰治准教授、慶應義塾大学・藤井進也准教授との共同研究)。
これまでの調査から、泣きが生じる前後において、乳児は運動・生理面ともに非常に大きな変化を経験していることや(Shinya, Watanabe, & Taga, 2018; 2019)、発達初期の泣きの音響特徴が乳児期後期の言語発達を予測することなどがわかってきています(Shinya et al., 2017; 新屋, 2021)。
主な研究成果
- Ishii, Y., & Shinya, Y. (2021). Positive emotions have different impacts on mood and sympathetic changes in crying from negative emotions. Motivation and Emotion, 45(4), 530–542.
- 新屋裕太. (2021). 「泣き」の発達的意義を再考する:発達初期の泣き声の音響特性と言語・社会性発達の関連から. ベビーサイエンス, 20, 22-45.
- 新屋裕太. (2021). 乳児の「泣き」における自律神経系機能の役割. 生理心理学と精神生理学, 39(2), 99-99.
- Shinya, Y., Watanabe, H., & Taga, G. (2019). Covariation of spontaneous movements and vocalizations in early infant crying: investigating the role of autonomic state. 52nd Annual meeting of International Society for Developmental Psychobiology, Chicago. (poster)
- 秋田喜代美 (監修), 遠藤利彦・渡辺はま・多賀厳太郎 (編著)「乳幼児の発達と保育―食べる・眠る・遊ぶ・繋がる」, 新屋裕太「第3章 遊ぶ『泣く』」, 朝倉書店, 2019.
- Shinya, Y., Watanabe, H., & Taga, G. (2018). Spontaneous Movements and Autonomic Nervous Activity during Crying in 3-month-old Infants. XXI Biennial International Conference on Infant Studies, Philadelphia. (poster)
- Shinya, Y., Kawai, M., Niwa, F., Imafuku, M., & Myowa, M. (2017). Fundamental Frequency Variation of Neonatal Spontaneous Crying Predicts Language Acquisition in Preterm and Term Infants. Frontiers in Psychology, 8, 711–717.
食(腸内細菌叢)の発達
食べることは、消化・吸収・代謝・排泄という一連の機構とともに、生命の基礎となる活動です。ヒトは自己の細胞数をはるかに超える数の微生物(腸内細菌)と共生していることが知られますが、近年、腸と脳の間に、自律神経系・神経伝達物質・ホルモンなどを介した強い相互作用が存在すること明らかになりつつあります。しかし、胎児期には無菌状態であった腸内が、生後、どのように母親や他生物、環境と相互作用しながら、腸内細菌叢を形成していくのか、また、こうした劇的な腸内環境の変化がどのように脳・行動発達と関わるのか、という点はまだほとんど分かっていません。
私たちは、こうした点を明らかにするために、生後2年間の腸内細菌叢を収集し、その動態やメカニズムについて数理学的な手法を用いて調べています。さらに今後は、腸内細菌叢の形成と、乳児期の食・睡眠・泣きといった行動発達との関わりや、脳の機能的ネットワークの形成との関わりについても調べていく予定です。
主な研究成果
- 栗山佑基・中伊津美・渡辺はま・多賀厳太郎・大橋順. (2022). 乳幼児期における腸内細菌叢の変化. 第76回日本人類学会大会・第38回日本霊長類学会大会連合大会, 京都, P-37.
- 秋田喜代美 (監修), 遠藤利彦・渡辺はま・多賀厳太郎 (編著)「乳幼児の発達と保育―食べる・眠る・遊ぶ・繋がる」, 多賀厳太郎「第3章 食べる『腸から脳へ』」, 朝倉書店, 2019.