第2回 発達基礎科学セミナー
- 日時
- 2015年10月5日 (月) 15:00〜17:00
- 場所
- 東京大学教育学部 010号室
- 講演
「音楽と音楽家の神経科学」
古屋晋一(上智大学理工学部情報理工学科)
「音楽と音楽家の神経科学」というタイトルで、「音楽医科学」という新しい分野の研究を開拓されている古屋先生に、音楽家の身体運動と神経科学をめぐる最新の知見を講演いただいた。主にピアニストを題材として、その指先や腕の動きは脳でどのように処理されているか、なかでも「神経の可塑性」に着目し、映像や写真など様々なビジュアルエイドとともに分かりやすく解説がなされた。音楽と神経科学をテーマとするこうした研究は、音楽療法、音楽教育、音楽家に特有の疾患と治療、など、広く応用可能性を持っており、例えば、音楽療法は、脳卒中の患者さんが回復するうえで有意であるエビデンスが次第に蓄積され、サイエンスとしても形成されているという。
講演のなかでは、ピアニストの指がどうして高次な動作が可能であるのかを脳のレベルで検証すること、長期的訓練はいかようにして最適化されていくか、握力の強さと敏捷性の非関連性など、多彩なトピックが紹介された。後半は、とりわけディストニア(Dystonia:中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害。姿勢異常や全身あるいは身体の一部の捻れ、硬直、痙攣などの症状が起きる)に話題の重心が置かれた。音楽家のディストニアは、高度に訓練を重ねている人に出現する運動筋疾患であり、臨床的特徴としては、「正確性が高い反復運動」が誘因となる可能性、痛みが出ないので発症に気づかないケースが多いこと、などが挙げられる。その他にも、先天性と後天性の影響、胎教の有効性を示唆する研究、感動、癒し、覚醒、ストレス軽減、求愛など、音楽が持つ力とそれを感じ得ない疾患など様々な解説が行われた。
全体のまとめとして、1.神経系は、卓越した妙技を生み出すために、私たちの筋骨格のシステムの「冗長性」を上手く活用していること、2.但し、練習のし過ぎは、問題を誘発し、熟達を阻害すること、3.振戦(筋肉の収縮と弛緩が繰り返された場合に起こる不随意運動)のような課題特異性の症状は、非侵襲の刺激などを通して問題解決できる可能性があることなどが示された。
報告:山邉昭則(発達保育実践政策学センター特任助教)
参加者の声
フロアからは、ディストニアからの回復のメカニズムに関する質問、リハビリテーションの重要性(副木を入れて正しい動きの情報を脳に戻すなど)、ディストニアを発症するリスク・ファクターとしての睡眠障害の可能性など、活発なやり取りがなされた。
古屋先生ご自身がピアニストであるため、脳の指先への指示をオーケストラの指揮者と第一/第二バイオリンのアナロジーで解説されたり、指先の筋骨格の動きを体感するためにオーディエンスの私たちとデモンストレーションされたりなど、様々興味が喚起される内容でご講演いただきました。なお、先生の夢は、「ピアノを愛する全ての人に貢献できる研究・教育基盤を国内外に確立し、誰もが笑顔で音楽を奏でられる世の中を創るために、研究者として一生を捧げること」とのこと。本報告の筆者も、好んでオーケストラやピアノやチェロの室内楽を日頃聴きに行くため、音楽と科学の交差する場でご活躍されている古屋先生の今後のご研究をとても楽しみに感じた。音楽は、保育、幼児教育の質の向上においても豊かな可能性を持つものと考えられる。エビデンスに基づく保育の質の向上、保育政策の改善を考究していくうえでも、非常に多くの示唆が得られる貴重な機会となった。