- 日時
- 2017年9月27日 (水) 17:30〜19:00
- 場所
- 東京大学教育学部 第一会議室
- 講演
「保育における「公共」の揺らぎとケア労働の再ジェンダー化―保育士(者)は労働力からいかにして主体的アクターへ転換しうるのか?」
萩原 久美子(下関市立大学 経済学部)
保育政策における「公共セクター」の変化を歴史的経緯とともに、特に2000年以降の公立保育所と公務員保育士の処遇の変化に着目して報告が行われた。
報告ではまず、高度成長期から1970年代の公立保育所整備、またそれを推進した革新自治体に対する「福祉ばらまき論」「都市経営論」によるその後の揺り戻し、2000年代の小泉構造改革までの歴史的経緯が説明された。その上で、日本では60-70年代を通していったん公立保育所を主軸に保育所整備が行われてきたことから、保母(保育士)職が地方公務員として雇用される機会を得て、特に高学歴の女性雇用が限られた地方、地域において女性にとって公務員としての待遇がなされる魅力的な職業になっていったこと、自治体においては公務員保育士の処遇を一つの参照点として民間保育所保育士の処遇の引き上げが行われたことなどの事例が示された。
また、民間保育士の給与の推移などの豊富なデータをもとに、現在問題化している保育士の低処遇は、2000年以降の緊縮財政のもとでの自治体定員管理と三位一体改革および、保育所定員や職員配置の弾力化等の保育所運営に関する規制緩和によって政策的にもたらされた側面が大きいことも指摘された。
さらに現在、「同一労働同一賃金」の推進の一環として、2015年に新たに導入された大阪市の保育士給料表ができるまでの政策過程とその給料表の設計も取り上げられた。民間保育所保育士の給与水準が処遇の参照点へと転換していることが報告され、この結果、日本の保育政策において、自治体(公共セクター)が雇用者として保育サービス部門にあるジェンダー不平等を見直すことも、また、公共セクターの雇用を通じてケア労働の社会的経済的評価を高めるというルートも棄却しているという実情が提示された。
報告ではさらに踏み込んで、現状の保育労働者の処遇にたいし、保育士が職能集団、あるいは労働者主体として職場や自治体に直接、交渉するルートの有無についても触れられた。公立保育所の減少に伴い、労働組合の組織率が低下すると同時に、保育従事者の多様化によって職能組織も揺れている。今年、報告者が行ったアメリカ調査から、保育補助職員の女性たちがロサンゼルス市との交渉の結果、最低賃金15ドルへの引き上げを実現した事例なども紹介された。
*本報告に関連して以下の論文が紹介された。
萩原久美子(2017)「保育供給主体の多元化と公務員保育士:公共セクターから見るジェンダー平等政策の陥穽」『社会政策』第8巻3号。
萩原久美子(2013)「保育所最低基準の自治体裁量と保育労働への影響――夜間保育所の勤務シフト表を糸口に」『自治総研』412号 。
萩原久美子(2011)「「公的」セクターと女性――ローカルなケア供給体制の変動への接近,福島県北の保育政策(1950年代~2010年代)を事例に」『日本労働社会学会年報』22号。
報告: 関智弘(発達保育実践政策学センター特任助教)
参加者の声
萩原先生のご報告から、保育士の待遇について厳しい見通しを知ることができた。大阪市のように、行政が保育士の待遇を一方的に引き下げた場合、それに抵抗するのは難しい。労働組合の組織率が下がる中で、保育士の意見が首長や自治体幹部に届きにくくなっている。日本では、保育だけでなくケア労働全体の給与が低いので、介護士などを巻き込みながら労働運動を展開すると有効かもしれない。