第26回 発達保育実践政策学セミナー
- 日時
- 2017年7月26日 (水) 17:30〜19:00
- 場所
- 東京大学教育学部 第一会議室
- 講演
「『保育環境のアフォーダンス事典』の開発へ向けて」
細田 直哉(聖隷クリストファー大学 社会福祉学部)
「保育」の場=「環境を通した教育」の場である。しかし、保育を語るとき、「心」に関する言葉は豊富にある一方で、「環境」に関しては「失語症」状態であると細田氏は指摘する。保育環境の構成要素ではなく機能に着目し、「アフォーダンス」を単位として分析することで見えてきた保育環境のあり方について報告された。
「アフォーダンス」とは、J.J.ギブソンにより提唱された概念であり、環境内に潜在する「行為可能性」のことである。例えば、棒を「またぐ」か「くぐる」かの境目は、身長にかかわらず股下の1.08倍であることが実験により示されている。同様に、手を使わずにのぼれる高さは股下の0.89倍であり、肩を回さずに通れる隙間は肩幅の1.3倍である。私たちは、環境のアフォーダンスを知覚して行為するのである。
「環境構成」は、子どもの周りに「行為可能性=アフォーダンス」を埋め込むことである。アフォーダンスの観点から環境構成にかかわる実践知を抽出し、体系化できないだろうか。
環境の「面」に着目すると、保育室内の環境において「水平面」と「垂直面」の配置から基本的な「場所の構造」が生じる。最も基本的な水平面は「床」であり、垂直面は「壁」である。「水平面」のアフォーダンスは「移動」や「安定」であり、「垂直面」のアフォーダンスは「移動の停止」や「滞留」である。場所の機能は「水平面」と「垂直面」の組み合わせにより構成される。
身体のスケールとの比較で見れば、「大」「中」「小」の3つのスケールが考えられる。身体よりも大きいものとしては床/天井や壁、身体と同等(中)のものとしては机/椅子、棚、身体より小さいものとしては玩具、道具がある。そして、各スケールは、それぞれ異なった機会を提供する。すなわち、「大(床/天井、壁)」の環境は目/足/姿勢、「中(机・椅子)」は目/手/足/姿勢、「小(玩具・道具)」は目/手に関する行動である。さらに、環境は姿勢と動作に対応して「大」「中」「小」の「入れ子」的に構造化される。保育の環境は人工環境であるが、自然環境に見られる秩序ある「フラクタクル構造」をデザインすることで、探索と探究が時間的に深まる環境として構成される。
保育環境のアフォーダンスを検討するため、「アフォーダンスの引き算と足し算」に関する実験的観察を実施した。まず、実験Ⅰとして、保育室の玩具・家具がすべてない状態(大掃除の際)の子どもの行動を観察した。その結果、通常に比べて増加したのが、走り回る、滑り込む、回転する、普段触れないモノへの接触、身体への攻撃、大声を出す/耳をふさぐ、といった行為であった。一方で、落ち着いた遊び、集中した遊び、継続する遊び、ごっこ遊び、操作遊び、構成遊びは減少した。この実験の結果からわかることとして、①子どもは環境から能動的に意味を引き出そうとしている、②モノが「集中力」、「継続」、「創造性」を支えている、③モノが「人間関係」を媒介するということが指摘できる。次に、実験Ⅱとして、保育室にアフォーダンスを埋め込んで子どもの行動の変化を観察した。「異年齢のかかわりが生じにくい、遊びの継続性・発展性が乏しい」という課題を持つ保育室に新たな空間と玩具・道具を導入した結果、初めは探索活動が増加し、実験者が人的環境として行動のモデルを示すことで、異年齢のかかわりが増加、さらには遊びの継続性・発展性が生じた。新たなモノが導入されると、探索活動によって多様なアフォーダンスへの気づきが生じるが、他者の行為がそうした多様なアフォーダンスを制約し、遊びの発展が生じることが示唆された。
子どもが自力でできること(「現下の発達水準」)と自力ではできないこと(「明日の発達水準」)の間の領域をヴィゴツキーが「発達の最近接領域」と呼んだ。明日の環境=「できた」後の環境が情報として見える保育環境が、まさに「発達の最近接領域」として機能するのである。
報告: 野澤祥子(発達保育実践政策学センター准教授)
発表資料(細田直哉)
参加者の声
子どもたちの行動の理由を考えるときに、心理的な視点から捉えがちですが、環境からもみていくというのは、とても重要な視点だと思いました。保育は「環境を通して」行うことが基本とされつつも、環境のあり方を捉える観点は、必ずしも明確に理論化されていないように思います。アフォーダンスの観点は、保育の環境を考え、構成する際の枠組みとして大変有用だと感じました。