- 日時
- 2017年3月8日 (水) 18:00〜20:00
- 場所
- 東京大学教育学部 赤門総合研究棟A210
- 講演
「風船把持による乳幼児歩行支援」
島谷 康司(県立広島大学大学院総合学術研究科)
島谷先生からは「風船把持による乳幼児歩行支援」というタイトルでご講演いただいた。
まず、現在取り組まれておられる研究についてご紹介いただいた。乳幼児を対象とした研究として、新生児自動運動評価、初期歩行乳児の歩行支援、母子発達フォローアップ、発達障がい児研究に取り組んでおられ、同時に、成人を対象とした研究として、姿勢・運動制御に関する研究にも取り組んでおられるそうだ。今回の話題は成人を対象とした「姿勢・運動制御に関する研究」に関連するお話ということだった。
島谷先生は、ヒトの姿勢保持機構において感覚戦略がどう使われているかにご関心をもっておられるそうだ。乳幼児期を対象とした先行研究では、初期歩行の発達は身体機能や脳機能の発達と連動することが明らかにされており、高齢期を対象とした先行研究には転倒リスクを低減するために感覚戦略の使用に着目したものがあるとのことだった。
姿勢制御に関わる中枢神経系への感覚入力については、視覚系・体性感覚系・前庭感覚系の感覚情報に基づいて、脊髄ー小脳ー基底核ー大脳皮質等によって適切な運動指令が作り出され、筋骨格系が実行している。絶え間ない姿勢制御には上記3つの感覚系が関わっており、ある感覚が使いにくい場合はほかの感覚の影響が強くなる(環境に応じて感覚の重みづけが異なる)事が指摘されているそうだ。
高齢者の感覚戦略に着目した歩行支援研究の中に、Light Touch Contact(LT)(伝え歩き/壁面への手指の軽微な接触)の有効性を示すものがあるそうだ。歩行補助器具を使用した際には、接触点に大きな力を加える必要がある一方で、LTでは弱い力でも姿勢が安定することが明らかにされているという。
乳幼児期の発達支援の文脈において、初期歩行の遅れや不安定な歩行を呈する乳幼児の相談が増え、保護者や保健師、保育士等からより具体的な対策が望まれているそうだ。島谷先生が乳幼児期の姿勢制御や歩行にLTが有効性を示すという研究が得られていることから、LTのアイデアを乳幼児の歩行支援に応用できないか考えていたところ、たまたま初期歩行器の乳児が風船を把持すると歩行が安定し、歩行距離が延長することに気づいたそうだ。
効果を検証するため実験(歩行評価)を行ったところ、ヘリウムガス入り風船を把持した場合、身体の側方動揺が減少していることがわかった。乳児を対象にして実験を重ねていったところ、玩具把持時に比べて風船を把持している場合の方が側方動揺が少ないこと、単脚支持中の姿勢制御(安定性)に風船の効果があることがわかった。島谷先生は、乳児の歩行が安定していく過程の重要な因子として「単脚支持期の身体同様の減少」があるという指摘(Yaguramaki, 2002)を踏まえると、以上の実験結果は、不安定な状態にある乳児歩行を風船把持によって歩行の発達過程に近づけることができる可能性を示唆するものであるそうだ。
島谷先生はその後、風船把持が姿勢制御になぜ有効であるのか、そのメカニズムを解明すべく成人を対象に実験を実施されているそうだ。大学生を対象にした目隠し状態での姿勢安定実験では、風船把持により重心動揺が減少したこと、把持した手部で身体を制御しているわけではないことが明らかになった。ただし、いずれの実験も風船把持による効果の機序は明らかではなく、今後も検討を重ねていきたいと述べられていた。
質疑応答
参加者の声
風船を持つと側方動揺が減るという事実それ自体がとても興味深く、それがなぜ生じるか、背後にあるメカニズムを知りたいと思いました。
報告:高橋翠(発達保育実践政策学センター特任助教)
発表資料(島谷康司)
「顔認証システムを用いた保育園のソーシャルグラフ分析について」
長谷川 誠(東京電機大学工学部)
長谷川先生には、幼稚園や保育所における人間関係を可視化する方法としてソーシャルグラフ分析をご紹介いただいた。ソーシャルグラフとは人間関係(人と人のネットワーク構造)を図示・数値化したもので、幼稚園や保育所では園児間の関係・先生と園児の関係を可視化できる。従来、集団内の人間関係は質問紙調査で測定されてきたが、倫理上の問題が生じやすく、低年齢層を調査するのが困難であった。近年では、Twitter・Facebook・LINEなどSNSのビッグデータを用いて仮想空間の人間関係が研究されている。これらの先行研究に対し、長谷川先生は顔認証システムを用いて、人と人が顔を合わせながら自然に形成する人間関係を分析している。顔認証システムであれば、園児のような低年齢層の人間関係も調査できる。
幼稚園でソーシャルグラフを作成する手順は以下の通りである。第一に、幼稚園教諭などにメガネ型ビデオカメラを装着してもらって園児を撮影する。第二に、ビデオ撮影した映像から静止画を切り出し、どの園児が映っているのかを個人識別する。第三に、ひとつの静止画に複数の園児が映っている場合に、その園児間の結びつき(エッジ)を生成する。第四に、一連の静止画の中にどの園児がどのくらいの頻度で映っているのかを確認し、幼稚園教諭と園児のエッジを生成する。
こうして作成されたソーシャルグラフを分析すれば、園児の友人数・クラスの中心人物・孤立している園児・教諭の目が届きにくい園児などを明らかにできる。幼稚園教諭にとっては、普段の行動を振り返るきっかけになるだろう。さらに、顔認証システムでは園児の表情を認識することも可能である。園児の喜び・悲しみ・怒り・驚きといった表情認識を園児間の人間関係と組み合わせることで、クラスの中心人物と孤立した園児の表情の違いなどを分析できる。今後、長谷川先生はこうした表情認識の活用や遊具を含めたネットワーク表現に取り組むそうである。
参加者の声
定期的に一つのクラスのソーシャルグラフを作成すると、子どもたちの社会がどのように変化しているのかを観察できるかもしれない。園児が徐々にグループを形成し、グループ同士のつながりが生じる。ときに子ども同士の争いが起きれば、教諭の介入によって人間関係が調整されるだろう。そうした社会の変化をダイナミックに観察できるのであれば、将来的には教諭が園児の人間関係を望ましい方向に誘導できるようになっても不思議ではない。とはいえ、人間関係を操作できる社会というのは、操作される側からすると恐ろしい世界である。
報告:関智弘(発達保育実践政策学センター特任助教)