- 日時
- 2016年10月19日 (水) 18:00〜20:00
- 場所
- 東京大学教育学部 赤門総合研究棟A210
- 講演
「子ども・子育て支援新制度(新保育制度)の法的問題-『保育の利用』を中心に」
田村 和之(広島大学名誉教授)
田村先生は「子ども・子育て支援新制度(新保育制度)の法的問題-「保育の利用」を中心に」というタイトルで新制度の問題点について解説くださった。
このたびの保育制度改革のねらいは、保育サービスの供給と利用の「自由化」である。すなわち、①「保育サービス」を保育所保育サービスに限定せずに(一定の規制をほどこす)拡大して、供給量の増大をはかり、②保育サービス利用を当事者(供給者と利用者)間の契約とし、利用費用=購入費を施設型給付費、地域型保育給付費として行政が助成するというものである。
新保育制度の問題点として以下の点が挙げられる。
(1)保育サービスの供給・利用の「自由」化がねらいとされながら、保育所保育サービス供給は市町村が独占して実施するという矛盾した2つの制度原理が併存している。
(2)保育サービス供給の「自由」化として、供給主体の拡大がなされた。ただし、保育所は従前と同じく設置主体の制限がなく(児童福祉法35条4項)、地域型保育事業も事業主体の規制はないが(児童福祉法34条2項)、幼保連携型認定こども園は、国、地方公共団体、学校法人、社会福祉法人のみが設置できるとされ規制が設けられた(認定こども園法12条)。また、「保育事業」参入の「自由」化としての「指定制」は導入されず、保育所・地域型保育事業・幼保連携型認定こども園のいずれも認可制となった(児童福祉法35条4項、児童福祉法34条の15第2項、認定こども園法17条)。各法律条項のただし書には、認可するかどうかに関して市町村の裁量の余地が残されている。
(3)保育利用サービスの「自由」化として、幼保連携型認定こどもと地域型保育事業に関しては、当事者(供給者と利用者)間の契約による利用(サービスの購入)となった。利用費用=購入費は、施設型給付費、地域型保育給付費として行政が助成する。
(4)保育所保育サービスの供給は(児童福祉法24条1項)、市町村が「独占的に」行う仕組みである。
新保育制度(子ども・子育て支援関連法)の運用面について以下の点が指摘できる。
(1)法律上の「保育の利用」の要件、手続きなどに関し、①保育所については児童福祉法24条1項に、市町村は「保育を必要とする場合」児童を保育所(認定こども園を除く)で保育しなければならないと定められており、保育の必要性の認定を行う(子ども・子育て支援法20条1項)。②幼保連携型認定こども園、地域型保育事業の利用は、法律上の規定は存在せず、当事者間の契約によるものである。③児童福祉法24条3項(73条1項による読み替え後)に、利用の調整、利用の要請を行うことが定められているが、利用調整を受けることは保護者の義務なのかという疑問がある。④旧児童福祉法24条1項のただし書きが削除され、サービス(現物給付)の供給量が不足している場合の市町村の保育所保育義務の範囲が曖昧になっている。
(2)市町村行政にみられる保育の利用の手順について、内閣府によると、保護者は、市町村に対し、保育の必要性の認定と「保育利用希望」の申し込みを同時に行うこととされている。市町村がすべての「保育の実施」を決定しているが、法律上は、市町村が決定できるのは、公私立保育所の入所・利用と保育必要性の認定だけである。
(3)保育料(利用料)について、公立保育所の保育料決定・徴収の根拠規定は児童福祉法に定められていない(従前の児童福祉法56条3項は削除されている)。そのため、地方自治法上の公的施設の使用料(同法225条、226条など)となる。公的施設の使用料は原則的に画一料金であるため、保育料の基準額表と矛盾する。また、市町村が条例に徴収根拠を定めることになるが、これを未だ定めていない自治体もあるという混乱した状況である。一方、私立保育所の利用料に関しては、子ども・子育て支援法附則6条4項に定められている。このように、児童福祉法24条1項に基づく保育所利用でありながら、保育料の賦課・徴収の根拠や仕組みが公立・私立で異なるという矛盾した状況が生じている。
発表資料(田村和之)
参加者の声
子ども・子育て支援新制度がさまざまな問題点を抱え、保護者が保育を申し込む際の利用手順も法律とは矛盾する状況だということは、これまでに知りませんでした。なぜこのような状況が生じているのかその背景をもう少し詳しく知りたいと思いました。また、保護者は、特に疑問を抱くことも少なく、自治体で提示された手続きで申し込みますが、その手続きの一つ一つに根拠となる法律があるべきであることを、もっと学ぶ機会があるとよいと思いました。
現在は、特に都市部では、待機児童問題が深刻であり、保育利用に関して「自由」とは程遠い状況です。認可保育所に入るために、まずは認可外保育施設に入って点数を稼がなければならず、その認可外保育施設も待機が必要だという切羽詰まった状況があります。保育を必要とするすべての保護者が子どものために、一定以上の質が確保された保育を選択できるよう、制度・法律面の整備を求めていく必要があると思いました。
報告:野澤 祥子(発達保育実践政策学センター准教授)
「育児におけるワークライフバランスと離職」
高橋 美保(東京大学大学院教育学研究科)
高橋先生からは、「育児におけるワークライフバランス(WLB)と離職」というタイトルでご講演いただいた。
ここのところ、ワークライフバランス(WLB)に対する関心や意識が益々高まっている。具体的には、最近、「仕事と生活の調和(WLB)憲章」「仕事と生活の調和のための行動指針」が策定されている(平成22年6月改正)。この行動指針(内閣府策定)では、仕事と生活の調和が実現した社会の姿として、①就労による経済的自立が可能な社会、②健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会、③多様な働き方・生き方が選択できる社会、の3つを定義している。また、安倍政権下では「一億総活躍社会」というスローガンの元、3つの目標(GDP600兆円・希望出生率1.8・介護離職ゼロ)が掲げられているが、このうち、希望出生率1.8を達成するための施策の中に“女性活躍”、すなわち女性における育児と仕事の両立に向けた支援が含まれている。
ライフワークバランスに関する統計資料を見ると、2010-14年では、女性における出産全就業率を100%としたときの就業継続者の割合が退職者を上回っていた。また、出産後退職した女性の多くはいずれ働きたいと答えていた(国立社会保障・人口問題研究所, 2016) 。
その一方で、出産後に退職し、いずれ働きに出たいと回答していた女性の大部分はパートやアルバイト等の補助的従業者を希望していること、再就労の理由として多く挙げられるのは、経済的な理由であることも明らかにされている。
別の調査(三菱東京UFJリサーチ&コンサルティング「平成20年度 両立支援に係る諸問題に関する総合的調査研究」報告書,2009)では、出産後離職する女性が挙げた離職理由のうち、仕事と育児の両立困難が選択される割合は比較的低く21%であり、大部分(41%)の女性は「家事育児に専念するため、自発的に辞めた」と答えていた。そのため、ライフワークバランスの問題を改善することが、直接女性の就業率を高めるとは言い切れない可能性がある。ただし、仕事と育児の両立困難のため離職した21%の女性については、離職理由として希望勤務時間の不一致や職場の雰囲気や体力の問題を挙げており、ライフワークバランスを実現するための支援が就業継続に効果的な群も存在することも示唆される。
高橋先生ご自身は、臨床心理学の立場から、働く人全体の支援に関心を持ち、研究と臨床(カウンセリング)の両方に取り組んでこられたそうだ。元々は失業者(明らかに大変な状態)支援をご専門にされていたこともあり、ワークライフバランスは、両者の単なるバランスや比率(両者が釣り合いのとれた状態になっているか)だけでなく、仕事と家庭が各々でどのくらいの質であるかどうかも問題にしなければならないと述べている。すなわち、現在ライフワークバランスの両立を支援すべき対象として注目されているのは「仕事も家庭も持っている」一部の層であり、本来であれば、それ以外の「仕事はないが家庭がある人(主婦・主夫)」「仕事はあるが家庭がない人(独身者)」「仕事も家庭もない人(臨床的に最も支援を必要とする人々)」のワークライフバランスも問題にされるべきであるのではないかと指摘されていた。
また、現在、東京大学大学院医学系研究科の島津明人先生と共同研究として、仕事と家庭の両立(狭義のワークライフバランス支援)に向けたセルフケア研究に取り組まれているが、これまでの臨床経験において仕事と家庭の両立に悩む人に出会ったことがないため(精神的健康度が高いか、単に忙しすぎてカウンセリングを受けることができないためかは不明であるそうだ)、こうした人々がセルフケアのための研修としてどのような内容を求めているかがわからなかったという。そこで、人々のライフワークバランスに関する全体像を把握するための調査を実施されたという。講演では、この調査の概要もご報告いただいた。
インターネット調査では、育児中の人々のうち、仕事の有無(出産後の就業継続の有無)×性別で4群に分け、各セルの回答者が均等になるようにサンプリングを行った後、仕事と育児に関する満足感やコミットメント、仕事と家庭の両立を支援してくれた人の存在等の、ライフワークバランスに関する様々な指標を測定した。
その結果、下記の事柄が明らかになったそうだ。
したがって、政府が狭義のワークライフバランス(仕事と家庭の両立)支援に向けて現時点で重点的に取り組んでいるのは、労働時間の短縮や柔軟化であるものの、調査結果からは、労働時間は仕事と家庭の両立とはあまり関係がない可能性があることが伺える。これは、離職理由で最も多く挙げられていたの「タイムマネジメントができないこと」であった一方で、継続した(できた)理由として挙げられていたのは「タイムマネジメントができたから」ではなく、むしろ「理解者の存在」が様々な指標と関係があったためである。ゆえに、「追い詰められ感がないこと」「理解者がいる」等の、“苦労を理解してもらえる感”が、育児をする人の就業継続に有効であるかもしれない。
また、研修内容よりもむしろ研修の実施方法に強い選好が認められ、「パートナーとの話し合い」が好まれていることが分かった。ただ、先述の調査結果を考慮すると、話し合いそれ自体よりも、話し合った結果として相手から「理解されていると感じること」が重要なのではないかと考えられる。したがって、相手に理解されたと思える話し合いや相互コミュニケーション方法に関する研修など、心理学と親和性のあるアプローチが、狭義のワークライフバランス支援に重要であるかもしれない。
本調査や他の先行研究から、全ての女性が育児と仕事を両立したいと思っているわけではないことが明らかにされた。そして、離職したいと思っていたけれども働いている女性がいることや、男性でも子どもが生まれたらやめたいと思っていた人がおり、実際にやめていることもわかった。したがって、ライフワークバランスの問題を考えるとき、単純に就業の有無に注目するのではなく、願望と実態の一致・不一致が重要なのではないだろうか。元々持っていたキャリア志向が終業後変化する可能性があるため、人々の個々のライフワークバランス(元々どうしたいと思っていて、今どうしたいと思っていて、実際には何をしているのか)を問うていく必要があると考えられる。
質疑応答
報告:高橋 翠(発達保育実践政策学センター特任助教)
参加者の声
自分自身、育児研究をしている中でWLBについては非常に関心が高まっていたので、とても興味深く拝聴させていただきました。WLBについては、元々本人の抱く人生設計(理想)と、それがどれくらい実現できるかという現実、そして理想通りにいかなかったときの意味づけによって、主観的well-beingへの影響が異なるのだろうと感じました。本人と、配偶者の持つ性役割観等も関連しそうですし、変数を上げ始めるとキリがなさそうです。