- 日時
- 2016年1月27日 (水) 18:00〜20:00
- 場所
- 東京大学教育学部 第一会議室
- 講演
「妊婦の栄養:低出生体重は予防できるか?」
春名めぐみ(東京大学大学院医学系研究科)
東京大学大学院医学系研究科の春名めぐみ先生より、妊婦の栄養と低出生体重児(出生時体重が2,500g未満の児)の出生に関するご講演をいただいた。
講演では先ず、日本において低出生体重児が増加している背景と、途上国や欧米とは違った日本特有の問題について説明された。
世界の飢餓人口は未だ多いものの減少傾向にある一方で、肥満人口は増加傾向にある。これは日本人のBMI(Body Mass Index:体重と身長から算出されるヒトの肥満度を表す体格指数)の年次変化からも明らかであるが、20・30代の女性に限ると著しく減少していることが示され、その減少傾向と低出生体重児の増加の関連が注目されているとのことであった。
現在、我が国において出生する児の10人に1人は低出生体重児であり、この一つの要素として考えられる「痩せすぎ女性の増加」「妊婦の痩せ、低栄養」といった日本特有の問題について、先生は研究を進められているとのことであった。
1980年代から我が国では周産期リスク管理に視点の重きが置かれ、妊婦の体重管理を中心として保健指導が行われてきたが、その管理指針に用いられている基準値は曖昧で、妊娠高血圧症候群などを予防する明確なエビデンスも不十分とのことであった。また、母体重と出生児の体重が関連するメカニズムも不明であり、妊娠中の体重増加不良が低出生体重児出生リスクとなる因果関係を明らかにしていく必要性を説かれていた。
このようなメカニズムや因果関係を理解する一つの説としてDOHaD仮説とBarker仮説が紹介され、妊娠中の母体の要因(生理的要因として脂質代謝や糖代謝、生活習慣要因として喫煙・飲酒・ストレスなど)が、結果として酸化ストレスにつながり、低出生体重児出生のリスクとなっている可能性を挙げられた。また、ご自身の研究結果から血清Co(コエンザイム)Q10の重要性を解説され、妊娠末期の血清CoQ10と出生体重に正の相関があることが解説された(Haruna M, et al., 2010)。
講演の後半は、助産学の観点から妊婦栄養を研究する意義について述べられ、栄養代謝学、臨床栄養学、栄養疫学などの知見の蓄積を、いかに現場に活かすか(伝えるか)、エビデンスに基づいた妊娠期・産後の食事方法の臨床応用へどのように展開するかについて解説された。また、ご自身の研究チームで取り組まれた、妊婦に対する食事内容の聞き取り調査と血液データを用いた介入研究より、母体の適正な体重増加に対する栄養指導の効果について示され、今後さらに効果的な評価および介入の手法を検討していきたいとのことであった。
質疑では、栄養データに関する取得方法、「妊婦の痩せ」に関する現在の国内の認識、悪阻と栄養不良の関係、より効果的に栄養素を摂取する時期など、具体的なディスカッションがなされた。
参加者の声
近年注目されている低出生体重児の増加に関して、栄養学の視点から分析されている春名先生のご研究は、理学療法士として低出生体重児の発達支援に関わってきた自身にとって大変興味深いものであった。低出生体重での出生は,児のその後の発達に大きな影響を与える因子であり、これが胎児期の環境要因(母体の状態)によって引き起こされる可能性を明確に示していただいたことで、子どものより良い発達を支援するために、より早期からの関わりが必要であることを強く認識した。妊婦の栄養状態改善(適正な体重増加)には、社会的な認識を是正していくこと、栄養状態を正しく評価できる手法を開発すること、介入による妊婦の行動変容を効果的に促す方法の検討などが求められており、これには様々な分野が智恵を出し合って取り組んでいく事が重要であると感じた。今回のご講演は「低出生体重は予防できるか?」というサブタイトルであったが、これが実現されるよう自身の研究も進めていきたいと感じ、多くの知見が蓄積され、母と子の健康とより良い関係性が高まること、そしてこれを基盤とした豊かな社会の構築に繋がることを期待した。
報告:儀間裕貴(東京大学大学院身体教育学コース特任研究員)
「国際保育協力の実践と評価」
浜野隆(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科)
お茶ノ水女子大学の浜野隆先生からは、保育という分野における国際協力の実践とその評価、政策・実践・研究それぞれにおける課題についてご講演いただいた。
はじめに、私たちが何気なく使っている「保育(Early Child Development: ECD)」という言葉の概念を説明していただいた。ECDはいわゆる幼児教育(保育園、幼稚園など)のみを指すのではなく、出生から就学前までの乳幼児の身体的、心理的、知的、社会的発達を促すためのあらゆる社会的環境に対する支援も含んでいるのが特徴である。ECDの効果は、ペリープレスクール研究をはじめとする様々な先行研究によって明らかになっており、さらにはIEA幼児教育プロジェクトでは、子どもの主体性を重視した保育(子ども中心の保育)のほうが言語能力、認知能力において有意に効果があるということが示された。
一方で、発展途上国においては効果的な保育の実践に向けて様々な課題がある。発展途上国の保育の特徴として、①政府によるカリキュラム規定が強い、②親が知育を重視、③「就学準備型」が主流であり知識習得の比重が大きい、④「教師中心」の保育、という四点をご解説いただき、施設・設備の不足、教員や保育士の不足、保育者養成の不在、その質の低さ、政府からの財政的支援不足などがECD実現を阻む要因として挙げられた。
次に、アフリカやアジアの途上国の保育の様子を写真で見ながら、途上国に特有のコミュニティによる保育施設の設置運営、その効果についてご紹介いただいた。コミュニティ幼稚園とは、公立幼稚園が無い地域において、主にUNICEFやNGOセーブチルドレンなどとの連携によって、地域コミュニティやNGO主体の運営委員会によって実施・運営されているものである。他の幼児教育プログラムとして、公立幼稚園、家庭内教育プログラムがあるが、それらといずれも受けていない集団を比較した研究の結果、教育効果は公立>コミュニティ、公立>家庭内教育、コミュニティ幼稚園と家庭内教育プログラムの間には有意差が無いという結論が紹介された。
そして、浜野先生のプロジェクトの成果や実践例をまじえながら、国際保育協力の現状と課題についてご教示いただいた。先述したように、ECDの重要性はこれまで指摘されながらも、ECD分野の国際協力は進んでいるとは言えない状況である。途上国内でいまだECDの優先順位が高まっていない理由としては、保育を「家庭の役割」または「政府の役割」とするのか、という考え方の対立や、保育研究の成果が政府関係者に認知されていないことなどが挙げられた。そして、国際保育協力分野の最大の問題である保育財政や研究方法のさらなる開発や批判的評価の必要性についてご指摘いただいた。
質疑応答では、幼児教育と初等教育の接続に関する研究蓄積についての質問がなされたり、フロアの参加者から、最近の保育研究では、教師中心の遊び/子ども中心の遊びという二項対立ではなく、子どもが遊びを開始し大人がガイドする、というかかわり方がより効果的であるという知見が共有されたり、その他にもここではご紹介できないが、多くの論点が提示され白熱した議論が行われた。
参加者の声
実際に、多くの国際保育協力のプロジェクトに参加されている浜野先生のご講演は、途上国の実態に対する鮮明な理解を与えてくれるものであった。ご講演の中で、先進国での就学前教育重視の潮流があり、それが途上国における就学前教育重視の政策形成にも大きな影響を与えているというご説明があったが、途上国においてはさらに教育(保育)予算が限られているという視点をもったうえで、公平公正なアクセスを保障するための仕組みづくりが重要であると感じた。また、保育分野ではヘックマンの研究結果の影響により、非認知的能力への注目が高まっているというお話があったが、保育政策研究においては、非認知的能力を政策として重視するようになることの意味を相対的に解釈する必要もあるだろう。
報告:越田真奈美(東京大学院教育学研究科学校開発政策コース修士課程)