Cedep 発達保育実践政策学センター

第7回 発達保育実践政策学セミナー

日時
2015年11月11日 (水) 18:00〜20:00
場所
東京大学教育学部 赤門総合研究棟A208
講演

「教育政策分野における実証的学知と政治」

橋野晶寛(北海道教育大学旭川校)

橋野先生からは、実証的学知と政治の関連性について、教育政策研究の観点から、以下5点の構成でご講演いただいた。

  • 問題の所在.「エビデンスに基づく政策(Evidence-Based Policy: EBP)」が成立する条件とは何か、実証的政策研究(者)は、政治や政策過程にどのような影響を与えている・受けているのか、実証的政策研究(者)は、政治や政策過程においてどのような役割を果たすべきなのか、従来の研究の問題点、及び研究と政治の関係に着目した教育政策研究の重要性について、まずお話いただいた。
  • 研究と政治の関係の視座.どのような政策過程を想定するのか、その政策過程の中に政策研究(者)をどのように位置付けるのか、という枠組みと視点の重要性、具体的には、Coleman(1982)の「合理的な政策形成者モデル」や「多元的政策研究モデル」、またPielke(2007)の「科学者の役割の類型論」についてご解説いただいた。
  • アメリカ教育政策における事例.まず事例として挙げられたのは、1960年代の「コールマン報告」であった。この事例では、実証研究により得られたエビデンスが、政権にとって「都合のよい真実」であるか否かによって、政治への利用のされ方が全く異なる点が示された。また、2000年代の『適切性をめぐる教育財政訴訟』の事例では、主張する立場の違いによって、大きく異なるエビデンスが提示される点が示された。
  • 研究と政治の関係の文脈.研究―社会観関係を規定する教育政策(研究)の特質に関して以下の点が指摘された。1)広範な「専門家」の存在、2)多様な・多数の実務家の存在、3)学術誌における緩いヒエラルキー、4)因果関係を説明する理論モデル・理論志向の不在、という4点であった。
  • 若干の考察.アメリカ教育政策研究の来歴を鑑みるに、実証分析・政策評価の量的蓄積、データ・分析手法の洗練は、EBP成立の必要条件に過ぎない。“Informed Democracy”(Henig 2008, 2009)のために、まずは「つまみ食い」や「伝言ゲーム」を制御するしくみをメタ制度・政策として構想する必要があるのではないだろうか、とご提言をいただいた。(詳細については、橋野先生の2014年の論文をご参照ください。http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/7537/6/65-1-kyoiku-03.pdf)

ご講演の後、1)アメリカと比較して、日本の教育政策研究はどのような実情にあるのか、2)橋野先生が取り組んでおられるベイズ統計学・包絡分析法といった新たな統計分析手法を用いることで、教育政策研究の未来がどのように切り拓かれる可能性があるのかに関して、質疑応答が行われた。

「赤ちゃんとディジタル環境」

開一夫(東京大学大学院総合文化研究科)

開先生からは、赤ちゃんに情報技術をどう役立てるか、という観点から、赤ちゃんとディジタル環境についてご講演いただいた。

まず、テレビ、ゲーム、スマホ、インターネットといったディジタルメディア環境が、赤ちゃんの発達にどのような影響を与えているのか、という一般に興味深いテーマからお話がスタートした。これまで多くの疫学的調査が行われ、テレビやビデオの視聴が赤ちゃんの語彙発達に及ぼす影響等が研究されてきたが、得られた結果は様々であるという。

ディジタル環境は悪か否か、というテーマは非常に重要である。一方で、赤ちゃんに情報技術をどう役立てるか、という視点も重要である。開先生の研究室では、サッケード指標、近赤外線分光法、脳波形(事象関連電位)、神経内分泌系指標(オキシトシン測定)、吸引行動測定デバイス(ディジタルおしゃぶり)等を用いて、赤ちゃん研究のための指標・方法の開発というアプローチから研究が進められている。

次に、テレビ(ビデオ)音声映像とライブ(生)はどのように異なるのかについて、問題提起いただいた。例えば、乳幼児の音韻弁別学習を調査した研究(Kuhl, PNAS, 2003)では、ライブ経験後は音韻弁別できるが、テレビ視聴後は音韻弁別できない、という研究結果が報告されている。なぜこのような「Media (Video) Deficit」が生じるのか、様々な理由(二次元は三次元に劣る、スピーカーが良くない等)が考えられるが、1つの大きな理由としては、対人間のインタラクションの有無が挙げられる。ライブには、みつめる―みつめられる、といった双方向性のインタラクションがあり、直視選好はコミュニケーションの「起動」シグナルとして機能している可能性がある。また「今性」と「応答性」といった要素が、ヒトの学習に重要である可能性もある。開先生らが行った研究では、対人間のインタラクションの重要性を示唆する興味深い研究結果が実際に得られている(詳細については、開先生の研究室ホームページhttps://ardbeg.c.u-tokyo.ac.jp/をご参照ください)。

また「温故知新」と題して、開先生の研究室で開発された「デジタルおしゃぶり」(GUGEN2014大賞受賞)をご紹介いただいた。赤ちゃんの吸引行動を調べたDeCasperのScience論文が発表された1980年代当時は、赤ちゃんの吸引行動を計測するために、非常に大型のデバイスを用いる必要があった。現代では、最新のディジタル技術を用いて、小型化・軽量化・ワイヤレス化したデバイスを開発することができる。デジタルおしゃぶりを用いれば、赤ちゃんの吸引行動を簡便に測定記録することができ、さらに、赤ちゃんの吸引行動に応じて、様々な聴覚・視覚・触覚フィードバックを提示することも可能となる。

質疑応答では、デジタルおしゃぶりを用いてどのようなフィードバックシステムを具体的にデザインすることが可能か、デジタルおしゃぶりによって赤ちゃんの行動は具体的にどう変容するのか等、数多くの質問があった。また、対人間で視線が合っている場合でも、「教える―教えられる」という内的なモードには違いがあるのではないかという意見、それらを神経内分泌系指標、脳機能イメージングの手法を用いて捉えることはできないか等、活発なディスカッションが行われた。

参加者の声

橋野先生のご発表にあった「コールマン報告」の事例は衝撃的であった。同じ研究エビデンスであっても、政治家の利害背景によって利用のされ方が全く異なる、という事実。研究者として大変考えさせられた。また質疑応答時にとても印象に残ったのは、橋野先生が「そもそも日本では教育政策研究が全く進んでいない」とおっしゃった点である。隣接する学問である科学技術社会論おいても、環境やエネルギー等の主題が多く、教育という社会政策についてはほとんど着手されていないという。近年、研究で得られた成果を社会にどう還元するのか、研究者のアウトリーチ活動について考える場面が多い。研究と政治の関連性について追及する政策研究は、発達保育実践政策学の進展に大きく寄与するだけでなく、より広い意味で、研究者が社会の中でどう行動すべきかについて、貴重な示唆を提供する大切な研究だと感じた。日本の教育政策研究が早急に発展することを願ってやまない。

開先生のご発表では、赤ちゃんに情報技術をどのように役立てるか、というメッセージがとても印象的であった。近年の情報技術の進展には目覚しいものがある。開先生からもご指摘があったが、近年ではスマホで赤ちゃんをあやすお母さんの姿を目にすることも少なくない。発達・保育実践・政策に情報技術をどのように役立てるべきか、情報技術が社会にもたらす効用と弊害とは何かについて考えさせられた。また、音楽神経科学を専門とする私としては、デジタルおしゃぶりを用いた音フィードバック研究の発展にとても興味が沸いた。11月21日~23日に東京大学駒場祭にて開催される「デジタルおしゃぶり演奏会」も楽しそうである(http://ardbeg.c.u-tokyo.ac.jp/pacifier2015/)。革新的な測定技術・デバイスが開発されることで、今まで明らかにされてこなかったヒトの本質に迫れる可能性がある。新たな研究の扉が開かれる瞬間を目の当たりにしているようで、期待に大きく胸がふくらむ。

報告:藤井進也(東京大学院教育学研究科身体教育学コース特任助教)

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